第11回大阪府安全なまちづくり推進会議総会で発表された事例発表内容について

この資料は、平成25年5月9日に開かれた第11回大阪府安全なまちづくり推進会議総会での講演内容の要旨をまとめたものです。
各ページ上半分は、当日使われたスライドを印刷物でも見やすいように調整したもので、下半分は、講演の要旨になっています。
引用・転載などはご報告なしでも構いませんが、紹介した地域との関係もありますので、その場合は、主旨を変えず、出典を示していただければと思います。
摂南大学法学部 准教授 中沼 丈晃
〒572-8508
寝屋川市池田中町17-8
研究室TEL 072-839-9392
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【配布元事務局】
大阪府警察本部 府民安全対策課 治安総合対策第一係
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1.青パト活動のきっかけは街頭防犯カメラ

私は、大学の研究室の学生さんと青パト活動をしています。2010年10月に始めましたので、もう2年と半年ほどになります。最初の1年間は、いまから考えるとかなりいい加減なもので、日誌もありませんでした。後で申し上げる出来事がきっかけになって、2011年10月から運営をきっちりするようになったのですが、そのときからの1年半だけの記録を見ても、先週までで日数で301日、時間で510時間、走行距離で2,668キロメートルのパトロールを、のべ958人でしていることになります。
青パト活動を始めたきっかけは、国の警察庁が2009年度に、寝屋川市の第三中学校区を「子どもを犯罪から守るための環境づくり支援事業」のモデル地区に指定したことにあります。これは、校区に街頭防犯カメラを国費で25台設置する事業でした。
その頃、私は、犯罪不安や防犯活動に関する住民アンケート調査をしており、モデル地区の自治会長さんたちにアンケートの実施をお願いしました。そして、カメラ設置検討の会議に出たり、アンケート調査の報告会を実施したりして、自治会長さんや小中学校の校長先生、警察の方と気軽にお話ができるようになり始めました。そんな頃、「学生さんと青パト活動をしてもらえないか、できれば三中校区で」とのお話が防犯係長さんからあったのです。
この依頼には、次のような背景があると聞いていました。25台も防犯カメラが街頭についたのをきっかけに、防犯施策を三中校区に集中させて効果をあげようというねらいです。事実、大阪府警察の「子どもを犯罪から守るモデル地区」も同校区内の小学校が指定されました。
さて、青パト活動の依頼にはもうひとつ根本的な背景がありました。それは、寝屋川市の小学校すべてに青パトがあったことです。寝屋川市には、2005年、小学校で先生が殺傷されるというつらい記憶がありますが、ちょうどその頃、トモエタクシーさんが新車の軽自動車を24台も寄贈されました。ただ、乗り手がおらず、ほぼ新古車状態の車もあったのが実情でした。そこで、学生さんと乗ってくださいという依頼になったのだと思います。
消極的ないい方をしていますが、青パトが現になければ私たちは活動をしていないわけで、防犯活動を促す施策としては、まずは青パトを置いておくという意味は決して小さくないと考えます。
防犯の研究をしてきて確信しているのは、まずは形から入るのもよしということです。というより、たとえば、ひったくりにあう不安があるからひったくり防止カバーをするとは、いえないと申し上げておきます。行政としては、理屈はともあれ、防犯をしてもらうことの方が大切だと思います。防犯に限らず地域での活動は、初めは当番などであっても、してみて徐々に意味がわかる、自分にとっての意味を見出す方が多いというのが、私の主張です。

2.「形からの防犯」

この主張を説明するために、寝屋川市から交野市に話を移します。私が出入りさせてもらっている交野市の妙見坂というところは、防犯に熱心な地域でして、そこで最も力を入れている取り組みが、写真の紙看板です。ほとんどの世帯の玄関先にこの紙看板が張られています。不審な訪問を断固お断りしますという宣言です。
妙見坂に引っ越してきた家庭は、自治会の班長さんからこの紙看板を受け取り、門などに張ります。周りの家が張っているのですから、普通しますよね。つまり、形からの防犯です。それなりの期間、妙見坂に住み続けている家庭の方は、「あれはいい」という話をされます。厳密に紙看板のどこがよいということではなく、不審な訪問業者が来ないからよいというお話です。つまり、結果オーライの防犯、やっててよかったなという防犯です。
私は、個人や家庭の防犯って、これくらいシンプルでわかりやすい方が普及し効果をあげるのに成功すると思っています。何がシンプルでわかりやすいのでしょうか?それは、「不審な訪問を断ってください」という訴え、メッセージです。
「空き巣に注意」という札や看板はよく見かけますが、空き巣にはたくさんの手口があるし、空き巣対策もたくさんある。何にどう注意しろというのでしょうか?ふつうの人にとって、防犯は日々の暮らしのごく一部でしかありません。メッセージをシンプルでわかりやすいものにした方が、多くの人が「なぜするのか?」のかがわかる。そして、実際に協力をしてくれ、結果として「おかげでよくなった」と実感しやすくなるんです。
ただ、対策を考案する方はよく工夫しています。昨年、交野警察署が新設されて、生活安全課の方に紙看板を見てもらったと伺ったのですが、そのとき褒められたのが、「会所・屋根・アンテナなど無料点検・・・」という具体例の記述だったそうです。訪問する側の感情としては、自分がしようとすることがズバリ書かれていたら、そりゃインターホンも押しづらいですよね。
地域防犯を進めるうえで最大の問題は、こういった工夫がどこから出てくるのかということです。妙見坂の場合、紙看板が考案されたのが2004年。これに先立つ2001年に、この地区では自前の自治会館を持ち、地域の方がボランティアで管理人をするようになりました。そのボランティアの方々が管理人室で雑談をしているとき、不審な訪問が話題になり、対策を考えて実行しようということになったんです。もし自治会館がなく、地域のことを思う人が気軽に集うことがなければ、紙看板はなかった。さらには、不審な訪問対策に取り組もうという空気も出てこなかったといえます。地域の方は自治会館などを「城」ということが多いですが、みんなが集う、ともに話す、行動を始める物理的な拠点がなければ、地域と呼ぶものに実体を伴わせることは難しいと考えます。物理的な拠点、これもまた「形からの防犯」です。

3.青パト配備のメッセージと活動の工夫

地域の人たちが、拠点をつくり、自分たちの手でまちを守るという地域防犯を広げるとき、行政と警察の側で心に留めておくべきことが2つあります。ひとつは、地域や住民への訴えを、シンプルでわかりやすくすること。もうひとつは、思い入れのある独自の工夫を地域でできるようにすることです。
どういうことなのか、再び、私たちの青パト活動に話を戻して説明します。
私たちが乗っている青パトは自前のものではありません。小学校にある青パトに乗っています。このことから2つのこだわりがおのずと出てきました。
ひとつは、その小学校の子たちを見守るためにパトロールすることです。このこだわりがあるから、3つの工夫をするようになりました。まず、私たちは、真冬でも窓は全開で走ります。「さよなら、気をつけて」などの声を子どもにかけるためです。ついで、自分が通う、または卒業した学校の青パトとわかってもらうために、校歌をバックにしたテープをつくり、「青パトに出会ったら手を振ってください」と呼びかけています。さらに、一番子どもが集まる公園の前で青パトを降りて、公園内を見回り、春夏で6時に近い時間なら「もう帰りや!」と子どもたちにうながして青パトに戻ります。
小学校の青パトに乗っていることから出てくるもうひとつのこだわりは、迷惑をかけないことです。私たちがパトロール時に携帯するプレートには、「無事故・無違反・無苦情」で何日、何キロ、パトロールしたかが書かれています。写真の車は、テールランプが割れています。これは、校内で起こした事故後に撮った写真です。つまり、私たちは、小学校に迷惑をかけて、今後、学校にも地域にも迷惑をかけないことにこだわり始めました。
そのための工夫で青パト活動の様子は一変しました。先のプレートの裏には、車を公道に出すとき読み上げる9つの誓いが書かれています。
私たちにとって、子どもに関する工夫が青パトを楽しんで続ける動機づけになっている一方、迷惑をかけない工夫は自己教育の機会になっています。大学が地域活動するうえで、自己教育の部分は不可欠です。そもそも、事故後のパトロール継続は、小学校の校長先生が学生さんにおっしゃってくださった言葉で決まりました。「小学生の跳び箱と同じで、失敗をしたからやめるのではなく、失敗を財産にして次にどう飛ぶのかが大事です。」という言葉です。子どもの何度もの挑戦と失敗を見守る小学校に青パトがあった意味は、寄贈した会社、配備した市の想像をはるかに超えていると思います。
青パトはそれ自体は単なる車で、徒歩より広範囲でパトロールをするという以外に解釈ができません。目的が一般的で、訴えがはっきりしないんです。でも、青パトが小学校に配備されれば、メッセージが明確になる。私たちは、一方でこのシンプルで、わかりやすいメッセージを受けとめ、もう一方で、車・小学校・まち・大学という組み合わせの間で、子どもへの声かけと自己教育という、活動を続けるうえで自分たちに不可欠な工夫ができたのです。
効果はどうでしょうか?これは、地域の方々による活動も含めた効果です。
私たちのパトロール範囲には、最初にお話しした街頭防犯カメラ設置モデル地区も含みますが、そこで2011年に実施した住民アンケートでは、地元ボランティアによる登下校時の青パトは53%が見ているのに、府事業での夜間青パトは23%に留まっています。
そして、今後1年間に被害にあう可能性があると思うかを尋ねる質問で、子ども被害で著しい改善が見られます。09年の調査で81%が可能性があると答えていたのに対して、11年の調査では60%まで改善しています。
実際の子ども被害の件数も減りました。数が少なく、比較には注意が必要ですが、市全体が41%減なのに対して、設置地区は88%減となりました。

4.「子ども見守り」で活きた街頭防犯カメラ

こうした数値は、25台の街頭防犯カメラを中心とする、さまざまな取り組みの総合的な効果です。主観的にも客観的にも状況は改善したのですから、「子どもを守る」という訴えのもと、事業を重ねた警察のねらいは、結果として当たったといえます。
そもそも、25台の街頭防犯カメラ設置という事業自体、「子どもを守る」という訴えがなかったら難しかっただろうと私は考えています。こういう背景には、防犯カメラを設置した寝屋川市三中校区の雰囲気があります。
同校区は、京阪香里園駅と周辺商店街も含む駅西側の地区で、下町感の強い地域です。もともと、自治会を中心に地域活動がしっかりしているところです。特に、子どもの見守りには熱心で、要所の踏切、横断歩道、交差点などには、登下校時、多くの見守り隊の方が子どもに声をかけておられます。
なかでも、いわゆる開かずの踏切で毎朝見守りをされていた自治会長さんには、私自身、地域の見方、感覚を多く教えていただきました。その考えは、「地域で子どもを守るだけでなく育てる」「地域で犯罪から子どもを守るだけでなく、地域から犯罪者を出さない」という教育を重視したものでした。
こうした地区で25台の防犯カメラと聞いたとき、はじめは、まずいのではないか、受け入れでもめるのではないかと思ったことを記憶しています。つまり、私は、当時の防犯カメラに対する世間のイメージが、人との触れ合いを大事にされる人情に厚いおっちゃん、おばちゃんの教育とぶつかるかもしれないと危惧したのです。
たしかに、最初の検討時は、はたから見ていて落ち着かない感じがありました。ですが、自分たちの地区でみっともない話にはできないという思いから、受け入れが決まると事は進んで行きました。
ポイントは、この事業で設置する防犯カメラが、通学路を中心に設置する「子ども見守りカメラ」だったことだと考えています。子どもを見守るというシンプルで、わかりやすい訴えが、おっちゃん、おばちゃんのはっきりした姿勢と重なったということです。これが「まち見守りカメラ」なら、すんなり受け入れられたかは疑問です。
それと、通学路を中心に子どもを見守るため、中学校区という広がりで枠組みをつくったことで、学校という拠点で、自治会長さんなどが集まって話し合い、やり方を決められたのが大きかったと思います。すなわち、単体または数台で、たとえば駐輪場とか公園とか狭い範囲をカバーする事業でなかったことが、工夫の余地を大きくする結果になりました。
防犯カメラで工夫の余地があるのかと思われるかもしれませんが、現場の議論は意外と細かいです。たとえば、カメラの台数は決まっていますので、看板の設置が問題になります。寝屋川市のこの校区では、目立つ黄色い看板をカメラのついた電柱に貼りました。ところが、同じ警察庁の事業を姫路市の飾磨でも受け入れ、研究室ではそこでもアンケート調査をしましたが、自治会の方のお話を聞くと、カメラがどこにあるのかわからない方が抑止効果が広がるから、カメラと違う場所に看板を貼ったといわれるのです。この工夫の違いは、設置場所の広がりがある程度あるからこそ出てくるものです。
ここまでお話ししたように、まちの映像を撮るという以外に解釈のしようがないように思う街頭防犯カメラでも、コンセプトの設定でわかりやすさは変わりますし、設置範囲の広がりで工夫の余地も大きくなります。

5.地域防犯を広めるために必要なこと

最後に、私の主張をごく簡単にまとめておきます。
私の主張は3つです。1つ目は、地域への訴えをシンプルでわかりやすいものにすること。ついで2つ目は、地域毎に思い入れのある工夫ができる余地を大きくしておくこと。このことが、地域の人たちが自分たちの手で自分たちのまちを守ろうという地域防犯を実現するうえで大事だとおわかりいただけたら幸いです。そして、3つ目。その大前提として、地域に物理的拠点を設け、集い、話し、行動する地域の実体を目に見えるようにする努力がまず必要ということを強調して、私のお話を終えたいと思います。